白梅とメジロ 轟俊 満開の白梅の花々を目掛けて青いメジロが忙しなく飛び移る 早春の甘く香る密の匂いに誘われて 昼下がりの公園のベンチで御握りの米粒を鳩に投げたみた すると一斉にドバトの群れがクック―と鳴きながら飛び降りて来た 「この前、派手な短ーいスカートを穿いた女の人を見かけたよ。高いハイヒールを履いて。どうしてそんな格好するのかねえ。それも一人で公園を散歩しているんだよ。」 「ああ、その女の人なら見たことあるよ。そうすると気分がスーとして頭の中が空っぽになるんだってさ。何でも気持ちがいいって言ってた。」 「そうか、頭の中が空っぽになると確かに気持ちがいいよね。 頭の中が真白ーくなって! どこまでも空が広がって! 最高にいい気分よ!!」 隣りのベンチに腰かけていた年取った白髪混じりの男女の会話が聞こえてきた そのベンチの後ろには古い自転車に2台並んで置いてあって 1台のバスケットには厚手の茶色いブランケット もう1台のにはジャンパーかコートらしい服が入れてあった 「ほら あそこもう赤い寒桜が咲いてる。」 「んん。」 僕は飲みかけの珈琲缶をグーと一挙に口の中に注ぎ込んだ 真っ白ーになった後はどうだったんだ? そのミニスカートの女の運命が頭を瞬間霞めた それがその女にとって フォイエルバッハ的結末だったのか? ショーペンハウアー的結末だったのか? ロックバンドコスプレの高校生たちの通り過ぎた 公園脇の自動販売機の回収ボックスに 僕は珈琲缶を勢い良く投げ入れた…… 『新・現代詩』収録(改稿)
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自由の翼 轟 俊 第四指の薬指をいっぱいに 伸ばし 薄い皮膜を張って 大空を グライダーのように飛ぶ ある時は 火山の噴煙を迂回し 大渓谷を越えて 大瀑布の飛沫のシャワーを浴びた ある時は アロサウルスの群れが 巨大なブラキオサウルスに襲い掛かる格闘のシーンを 眼下におさめ 餌食となった屍を 鋭利な牙の生えた尖った嘴で啄んだ ある時は 翼竜たちが 魚や小動物を鷲掴みにして 雛たちのいる巣に運び 小さな嘴に分け与えた ある時は 大きな獲物を見つけ 不気味な雄叫びを上げながら 中生代の大空をその大編隊で埋めた 白亜紀末期に 翼竜たちが 大隕石で全滅すると 羽毛の生えた鳥たちが小さな翼を広げて 大空を我がものとした ダ・ヴィンチは 鳥たちの揚力のロマンを 人類に授けた 今日 僕は息子とニュートンの庭のリンゴの木の下を通って 市立博物館の『恐竜展』を訪れた 息子は 本物の始祖鳥の羽毛を見たり 500円で恐竜の卵殻を買って 得意がっていた 太古の制空権を握った 弱肉強食世界の象徴 巨大な翼竜の残した異形に 息子の目は輝いていた 息子がこんなに化石に興味を持ってくれるとは 思いがけなく僕は 太古のメッセージに 戦争ゲームとは違う 自由へのロマンの輝きを見つけた どこまでも自由に平和にあってほしい 僕たちには永遠のロマンがある― 潮流詩派より(改稿)
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桶の中のラ・マルセイエーズ 轟 俊 鉄格子の向こうから薄い白い患者服を着た幾人かの女性たちがこちらを覗いている 手探りする闇の中でスポットに照らし出されて ヴィーナスの誕生のヴェスブッチ嬢のような優しい顔をして 若い女性も覗いている 山高帽を被ってステッキを持った黒いマント姿の厳めしい顔をした中年男は その口元を頑なに閉じ 鋭い視線をじっと注いで 鉄格子に囲まれた向こうの狂気の世界の成り行きを監視している 鉄格子のこちら側と向こう側 一体どちらに狂気があって正気があるのか 一体どちらに束縛があって自由があるのか シャラントンの病院の鉄格子のなかで ジャン・ポール・マラーはバス桶に浸かり コルデー嬢は軽業師のように鉄の檻を優美につたう そして研ぎ澄まされた短剣を後ろ手に隠して こっそりと忍び寄る マラーの左胸奥 その短剣は忠実に歴史を再現する 君よ!桶の中からラ・マルセイエーズが聴こえるか? 今 自由!平等!博愛!はどこにあるのか…… 『詩と思想』2013年7 月号 収録(改稿)
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僕の富嶽百景 轟 俊 北斎が富嶽三十六景を描き始める1822年頃 シーボルトはカピタンのヨハン・ウイレム・デ・スチューレルと 長崎の出島から江戸にやって来た そこでシーボルトは北斎に浮世絵を注文後に値切り交渉を始めた ―結果的に値切り交渉は失敗 ―富岳百景三十六景の富士の絵は ー北斎にとって誇り高い日本人の魂の象徴だった! 「富士には、月見草がよく似合ふ。」 ーと太宰治が『富嶽百景』で書いた ―人並み以上の悩みや苦しみといった重荷をしょいこんだ 有閑地主階級の子息の迷える魂が 深遠な美を湛える富士山と精神的に融合した その痛々しい程の感性とひっそりと咲く月見草の輝き…… 令和最初の僕の富士登山 ―夏富士は深緑の穏やかな裾野の上に赤茶けた頂を冠していた ―その五合目は若者たちや外人の登山者たちで まるで原宿通りのような賑わいさえ ―「頑張って下さい!」 金剛杖を突いて下山していく若い女性の激励の声 ―大泣きしながら母親に手を引かれる小学生の男の子 ―70半ばのお婆さんの「五年くらい前に吉田口から登って、今日で御札をいただくのも最後かと思ってー」と達者なお声 ―登山タイツを着たフランス人の若い女性たちの場違いのような豊満なヒップラインから覗く夏山の頂 八合目付近で急に冷たい雨風に晒されたかと思うと 白日夢だったかのように晴れ間の中から 岩場の急な頂が 希薄な酸素の中に 現れて 『コンドルは飛んで行く』を聴きながら 山頂に到着したころは もう午後二時を回っていた ―奥宮で山頂を撮り 御守りを買 って すぐ下山 六合目付近で早や夕陽が落ち ヘッドライトを頼りに砂礫を滑り ―最後のバス停までは愛想のいい小柄な学生風の日本人女性二人に道案内をしてもらい 僕の富嶽百景はジエンド! ー闇に包まれた五合目からの深夜の道路に パンパンになった車のタイヤの軋む音か 鹿の鳴き声か レーゾンデートルの極限まで響いてくる ーその音 それは僕たちの生存圏と何か関係があったのか …… 『詩と思想』2020年5月号 (改稿)